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今宵も未央語り

おおむね本田未央の話をします

961プロの本田未央

フェスなんてなかった。引けた方はおめでとうございます。渡米はまだ先になりそうです。

そんなわけで別の話。

Twitterでちょくちょく話題にしている「未央ちゃんが961プロに入ったら」系のネタ、 色々思うところはあるのですが、Twitterだと断片的なツイートだけが拾われたりするのでひととおりまとめて喋っておきたい、と思ったのでブログでいくらかまとめます

可読性にあまり配慮してないですが許してちょ


未央の基本的なモチベーション

そもそも論として未央のいわゆる「コミュ力の高さ」がどういうものなのか、というあたりを一度整理すると、 まぁウェイウェイ系の「表面的な共感ばかりがうまい」という感じとはかなり質が違っていて、 端的に言えば「交通整理」*1なのかなと考えている。

自分の拙い語彙で解釈をすると、「あらゆる人には美点があり*2、またそれらは相互作用することによって素晴らしいことができるはず。 しかし世界にはその美点の発揮や、それらどうしの相互作用を阻むようなネガティブな要因*3があり、それによって何か大きいことの達成が阻まれていて、勿体無い」というようなところが未央なりの世界観なのだと考えている。

そうした世界に対して、ネガティブな要因を取り除き、相互の意思疎通をスムーズにする、というのが基本的な目標なのだろうと考えられる。

彼女にとっては「仲良くなる」ことは「その人の美点を知る」ことだし、あるいはそれが「アイドルの星」*4という概念なのかもしれない。 そのための大きな手段としてアイドルを通じてもっと多くの人を笑顔にする、ということがあり、彼女がアイドルを目指し、アイドルであり続ける理由のひとつ*5だろうと思う。

彼女の世界観は「未央はどうしてそこまで頑張るのか」みたいな部分の回答になるとは思うんだけど、基本的に明確にセリフで提示されるというより、一連の流れの中でそういう世界観なのだろう、という推測をしている段階。

一応彼女の世界観を象徴するセリフとしては、ステージ上でサインライトを見たときに

一つ一つの輝きに、一つ一つの物語…人間ってすごいよねーっ!(STORY 本田未央特訓後・ホーム)

というものがある。あるいは「ステップ!」の歌詞に提示されているメッセージ性は彼女の世界観とか目指すものとかをよく提示しているだろうと思う。

クラス内での達成

こうした世界観を15歳ながらに持つに至ったのは、家族や出会いに恵まれたという部分は大きいのだろうと思うが、同時に全体的なスペックの高さゆえ、というのもあるんじゃないかと思う。 自分が平均的に70点取れるからこそ、各項目で100点取れる人間のすごさがわかる。ある程度までやってみなければできる人のすごさはわからないよねという話で

で、それを裏付けるような高スペックであるのだけれど。高スペックである故に、集団では浮きがちになる。出る杭は打たれるというやつ。 まぁ人間というのは、上すぎても下すぎても集団から排除されやすくなるという業があるのだけど。立ち位置が浮き上がりすぎると、「人間を超えたもの」としていわば祀られてしまうのだよね。 そんで人間でないなら人間扱いをしなくて良いというわけで、突然梯子を外されたりとかする。というのはまぁ実際現象としてあるのだけど

とはいえ、その辺の立ち回りはかなり気にしているだろうと考えている。 だからこそ見た目の印象として親しみやすさを推してくる、というのは髪型とか笑顔とか、敵じゃないというアピールで第一印象的な防御をしつつ、各人に対してしっかり向き合って大事にする、という行動が自衛の意味を帯びてくるだろうと思う。 まぁショートヘアは第一にはくせ毛ゆえだろうけど、あまり整えたりしないのはまぁ女子受けなのではっていうか、ちゃんとオシャレすると美少女すぎるので隔絶しちゃうんだろうと思うんだよな。 集団内で交通整理をしたい未央にとっては、あまり壁を作られても困ってしまう、というあたりで、オシャレは抑え気味だったのではないかという仮説もあります*6。が、それはそれでこう、自分のポテンシャルを抑えてるわけで、それは世界観に反する行為ではあるのだよね

結局、未央のやりたいことはただの学生として、クラス内で、ではできなかったのだろうと思う。 この節はだいたい推測&独自解釈だし、もっと言えば彼女の世界観と称して前提にしていることも推測なのだけれど、 ともかく、【学生としてでは限界を感じることがあった】というのは、これもアイドルのオーディションを受けに来た理由の一つとしてあるだろうと思う。
「学生としてはできなかったけど、アイドルならできる」ということがあるよねって話はゴキゲンParty Nightの特訓エピソードにもある。

961的理念

さて、ようやく最低限の前提を提示し終えたので本題。

まぁ本家アイドルマスターとかはプレイしてないので概ね又聞きなのだが、 「アイドルとして人の上に立つ素質がある人間が俗塵に交わる必要はない、あるいは交わるべきではない」というような理念を指して「孤高」と言っているのだと解釈していて、まぁ一面で真理だとは思うのだよね。

「アイドルとして人に元気を与える」という理想にあっては、別にインサイダーとして交通整理をする必要性はなく、上位者でいても良い。 すると集団に溶け込むための親しみやすさにコストを払う必要がなくなるので、その分キャパシティが増える、ってな話で、それはそれの合理性がある。

親しみやすさコストによってポテンシャルを発揮しきれてないんじゃないかという懸念は少しばかりあって、王道的な親しみやすい身近なアイドル、を越えた変なことがしにくいというのが少しつまらないなぁと思う部分はある

まぁでもその世界での未央がどういう歌を歌って、どういうアイドルとして生きるのかっていうのはよくわからないなぁというのが現時点のところなので、いろんな人のアイデアが聞いてみたいですね

あの子案外かっこいい路線でも行けるんだよね、とも思うし「すごいアイドルなんだぞ」って煽るようなプロモーションをしても期待に応えられるだけのLIVEパフォーマンスの才能は持ってると思うし。 なんだかんだ言ってもあのミツボシを背負い切るやつやぞ

そんなわけで「親しみやすさ」という重石を外した未央として961プロにおける本田未央の姿を見てみたいなー、ということを思っています。

公式展開での動向

対比として提示しておくと、現在提示されてる公式でのプロデュースは、未央が持ってる「親しみやすさ」を彼女なりの武器と捉えて、それを活かしきるようにプロデュースしているのかなと思います。そもそもアイドルとしてはかなり優れた武器だし。 「明るく元気な親しみやすいクラスのアイドル」って感じで、パーフェクトスターでグラビア、カードを見てもLIVEが主体でした。

その上でオンリーマイスターでは「星の王子様」モチーフのかっこいい系の撮影。ここを転機に一段レベルアップしています。
チャームフォーハピネスでは「奉納神楽」でLIVEパフォーマンスを極めた究極形として神事にたどり着く、といった感じで、彼女の強みをそのままに昇華する形のプロデュースをしていると言えるでしょうか。
デレステのフェス限、ワンダーエンターテイナーもラスベガスでのステージで彼女の広い視野をさらに広げるような方針。

究極の素質を持っているアイドルがあえて奇をてらう意味もないじゃん、と言われたらまぁそうなので、まっすぐ彼女の素質を活かすのは正しいプロデュースなんだろうなとは思う。

でもそれだけが未央のプロデュースの仕方でもないよね、とは思っているので色々考えてみたいのがプロデューサーの性なのだった。というところでオチもなく終わる

*1:デレステトーリーコミュ6話とかを未央に注目してみると良いと思う

*2:無論、悪い点もあるんだけど、人には大概事情があるしそれを察せてしまうくらいには観察眼にすぐれているので、どうも人を憎みきれないっていうところはありそう

*3:例えば落ち込んでいたり、お互いに誤解をしていたり

*4:デレステで唐突に提示された彼女のキーワード。これについては後々セリフを通して考えたいとは思う

*5:全てではないし、ミーハー的理由も多分にあると思うけどね

*6:「こういうカッコしたくてアイドルになったんだよ☆なーんて」(ステージオブマジック特訓後・ルーム)